made in Japan

先月の終わり,日本学術会議主催の一般向けセミナーに出かけてきました.「原発事故調査で明らかになったこと」というタイトルで,三つの代表的な報告書(国会・政府・民間)について,それぞれまとめられた方から説明がありました.この報告書については,いずれ書く機会があるかもしれませんが,今回は別のことです.

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重大事故については報告書が提出されます.ここではそのうち有名な報告書の一つを取り上げて考えてみたいと思います.一般に,カレン報告と呼ばれているものです(Cullen氏は当時スコットランドの裁判官で,このほかにも幾つかの事故報告をまとめています).司法関係者ならではの分かりやすい記述で,証拠を示し立証を通して次に進むべき道を示すという構成になっています(GSNの例としてもふさわしい).

1988年に北海の海上油田パイパー・アルファで火災が発生し167名が死亡しています.報告書は1990年に”Public Inquiry into the Piper Alpha Disaster”として,上下2巻として発行されています.

上巻では事故の発生(The Disaster)と背景・原因(Background To The Disaster)について記述されています.大きな事故ではありがちですが,多数の事柄が事故に関係してきます.関係するといっても,必ずしも同時に故障するということではありません.それは,健康体であれば問題がない菌も,入院中に日和見感染するということにています.弱みをみせると,通常はなんでもないことが,牙をむく.例えば,パイパー・アルファの事故では,海水による自動消火装置が働かなかった理由の一つとして,マニュアルモードに切り替わっていたたために「自動」ではなかったということが挙げられています(12.6).ダイバーが夜間作業をするのですが,海中の作業エリアが,海水の消火装置用取水口に近いため,ダイバーの「安全」を確保するために,恒常的にマニュアルモードにしていた.事故の時には,ダイバーはいなかったにも関わらずマニュアルモードのままでした.かつ,事故の進展によってモードを変更することができなかった.安全のためのマニュアルモードが,結果的に多くの犠牲者を生むことになりました.いくら自動消火装置システムが(ダイバーの)安全と信頼性に配慮した作りだったとしても,より広いシステムからみれば,問題があったということが,ここでは事後的に分かります.

下巻は,The Future というタイトルで今後の対策について書かれています.ここで興味深いのが,勧告の章です(Chapter 23).様々な勧告が書かれているのですが,一番最初がセーフティケースです.セーフティケースは別の分野では用いられており,この報告書で初めて示されたというわけではないのですが,大きな事故のあとの注目されていた勧告で強調されたと云うことで,これ以降の英国の法規制においてセーフティケースは,重要な意味を持つことになります.

勧告の一部を抜き出してみます(23.1,直訳ではありません).

セーフティケースは,当該目的に適合していることを示さなくてはならない.そのためには以下を含むこと.

  • 組織の安全管理システム(SMS)およびその運用は,施設の設計や施設の運用が安全であることを保証するのに十分であること.
  • 施設における潜在的な主たるハザードおよび作業者に対するリスクが識別されていること.また適切な制御手段が提示されていること
  • 施設に影響する緊急事態の事象がにおいて,次の十分な準備が保証されていること.(a) 施設作業者のための一時的安全避難(TSR)(b) 安全で十分な待避・脱出・救助

特に最初の勧告に英国におけるセーフティケースの役割が示されています.セーフティケースは,安全管理システム(SMS)を含んでいます.安全管理システムの一部としてセーフティケースがあるわけではなく,場合によってはその設計もセーフティケースの範疇になります.安全に関する設計と記録の集合体として,セーフティケースが定義されています.これは,Cullen報告で参照したCIMAH規制から来ています.セーフティケースとは,単にGSN/CAEを書くということではないということに注意が必要です.

これは,以前に書いたように,英国の安全に対する取り組みの特徴的なところです.プロセスや手順といったものは,安全を考えた後に派生する*二次的な*ものとなります.

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ところで,今回のタイトルです.英国物理学会の学会誌であるphysics world の8月号に,”Fukushima accident was ‘made in Japan'”という記事があり,そのタイトルをお借りしました.国会事故調査委員会の報告で,「福島第一原発の事故は人災である」との結論を受けてのタイトルです.事故は自然災害が原因ではなく,日本人によって作られたものだという,これも英国的なシニカルなタイトルになっています.

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